境内地について

御神木(和合の木)

 皇紀2600年(西暦1940年)の記念として、奈良県橿原神宮より御下賜された樫で、もともとは別々であった二つの幹が長年寄り添うことにより一つになった和合の木です。

 白山神社の御祭神である菊理媛神の御神徳はあらゆる物事の仲介「万物括り結び合わせ給う」との霊験あらたかな女性神にて、「縁結び・和合」の御神木として崇められ、伊邪那岐命・伊邪那美命には「諸願成就」のご神徳が、可美真手命には「地域振興・五穀豊穣」のご神徳が、天児屋根命には「出世」のご神徳がございます。樫の木はとても堅くて丈夫な木であることから、男女の縁だけでなく、家族の縁や仲間との縁、仕事における縁など、人生における様々なご縁との「固い結び合わせ」を祈願して、また現在は御神木としても、日々多くの方々が手を合わせられています。近年ではいわゆるパワースポットとして訪れる方も多いようです。

ご希望の方には社務所にて御神木の実(どんぐり)を頒布させていただきます。お気軽にお越しくださいませ。※時期によってはご希望に添えないこともございます。

願掛所

 ご神木である和合の木の周囲には、参拝者の方々の願いを結ぶ願掛所がございます。結布に願いを記して、和合の木に祈念した後に、願いを叶える為に自らが行うことを心の中で神様に強く誓いながら願掛所に結布を結んで頂きます。その想いが大神様に届いた時には必ずやその願いと結び合わせて戴けることでしょう。​結布は社務所にて頒布致しております。

御旅所古墳(相宮)

 当社の相宮が祀られ、毎年10月の例大祭には渡御が行われます。この渡御は氏神信仰の古い形式を受け継いだものです。社殿を設けなかった太古の昔には氏神様は大木や大石、幟などを目印に降りてこられると考え、山や森で神事を行っていました。やがて社殿が造られるようになると、社殿に降りられた神様を相宮へお渡りいただく渡御が行われるようになりました。

 大自然を司る祖神は、まず本殿の南側に造られた囲垣(桧垣)に降りられます。そして神殿の中の依り代に移られ、さらに神輿に移られます。延々100mにも及ぶ行列を整えて相宮へ渡御されます。以前は春日山古墳まで渡御されていましたが、寛延元年(1748年)に現在の相宮(御旅所古墳)に変更となりました。

 行列は神輿、神官、巫女が長い列を連ね、さらには敬神会長、氏子総代、御神馬、稚児行列達と延々と続きます。相宮では神官の祝詞奏上、神楽の奉納などが行われ、神が一段と低い位置に降りられ、氏子たちと神様が一体化し、共に祭を祝い楽しむという神事です。

 

頌徳碑

「贈大講義丹羽翁之碑」明治20年(1887年)建之。

この地に多大な業績を残された丹羽新次郎政栄翁の遺徳を称えた頌徳碑です。

忠魂碑

戦役で亡くなられた方々の鎮魂を祈念して建立された忠魂碑です。

改修記念碑

明治30年(1897年)建之。

木津用水氾濫の窮状と改修工事の涙ぐましい記録が記されています。

御嶽山大神碑 

御嶽信仰により建立された碑です。

旧御神木

御神木として崇められていたこの檜は樹齢330余年の大木であったが、衰弱と御遷座350年記念事業での授与所の建設により伐採されました。神社の歴史と共に年輪を刻んできた檜です。

御神礼授与所

当地への御遷座350年の記念奉祝事業として平成20年(2008年)に建立されました。

せいくらべ石

子供のこれまでの成長に感謝し、これからの無事を祈って氏神様にお参りするのが七五三詣です。子供たちの成長を祈念して建立されました。拝殿前にございますので、ご自由に写真撮影が可能です。

鎮魂碑

大正昭和年代における事変戦争において異国の地に出征された方々を慰霊し、日本の繁栄と世界の平和を祈念して建立されました。